おばあの体力と気力が落ちていく。
頭はしっかりしている。
話したい事は、今まで通りで、横になっていて身体が楽な時は
いろいろ話すし 私を気遣ってくれるし、
おばあ:
「昨日のヘルパーは、あの、子供の居てない子や(60歳越え、のその人世間話を話し出す)
明日は銀行行って、買物して
あれが食べたいから、買っとこ!
あと、目薬も少なくなってきたから、スギ薬局の割引き
あるんやったら、それで 目薬買って。
今日の朝は、バナナ食べたんや。
薬も飲んだし!わたしゃ、薬は絶対忘れへん(イヤ、そんな事もないけど)」
など、いつもの 日常の会話。
後2日。
いろんな事が、最後になるかもしれない、この日常。
今日、おばあの かかりつけ医 に行って、書類を受け取った。
施設への引継ぎの書類。
姉が お願いしてくれていたんだけど、
先生は 入所の日を知らなかった。
まだ先だと思っていたようで、私が前日に伝えると、びっくりして
急いで書類を整えてくれた。
それを取りに行った。
前回の おばあの通院時は 姉が連れて行ってくれたけど、姉も
体調を崩していたので、
最後と言う感覚はなく、
おばあも 挨拶もせずだった。
今日一緒に行けばよかったんだけど、
おばあの体調が少し悪いし 寒いので、私一人で行った。
私が、離婚し
もっさんを連れて同居してから、いつも 付き添って、通ってきた病院。
おばあ自身は この、女医先生のお父さん先生の時代からかかっていた。
そして、父も。
おばあと父は、この先生にお世話になりながら 父を最後まで面倒を見た。
そして、私も、おばあの薬の変化や、いろんな入院時も 紹介やアドバイスを
頂き、何度も何度も 復活して 今がある。
コロナの時も、直ぐに入院手続きを進めてくれた。
体重増のおばの食生活の 愚痴や 苦悩も 聞いてくれていた。
一時は毎週通っていたし、最近は月に2回ほど。
私が介助をし始めて かれこれ 10年経つかな~。
心の拠り所の一つだった 先生。(お姉さん的存在)
おばあもいつも感謝していた、(体重のことを言われると怒っていたけど(;'∀'))
おばあ:「先生のお陰で長生きできてますねん。死ぬまでお世話になるますよ」
と、ガハハ とよく笑っていた。
おばあが言う 「死ぬまでって言ってたのにな~、挨拶できやんかったな~」
と残念そう、
ただ、ポジティブなおばあは、また、来たい時に来たらいいか!
と思っているところはある。
でも、施設の担当先生になるので、多分 不可能・・・。
そして、戻ってくることは無いというのが分かる、最近の身体の衰え・・・。
おばあより、私の心が・・・。
病院の診察室
先生と話をして、おばあの感謝の気持ちを伝えながら
泣いてしまった💦
でも、待合室に患者さんがたくさんいてるので、長居は出来ない。
そんな中。
私:「先生のお陰で、母は ここまで 生きて来れたと思いますし、私も関わって来れたので・・・感謝・・・(´;ω;`)ウッ… 感謝の気持ちを・・・母も伝えたかったと・・・(´;ω;`)ウッ…」
先生が立って言ってくれた
先生:「よくお世話してこられたと思いますよ。ありがとうございます」
「(笑)感謝の気持ちしっかり伝わっていますよ」
「まだまだ、貪欲に生きてもらいましょう!!」
わーーーーーーーーーん (泣)
おばあの家に行き、話を軽く伝える。
そして、毎週来てもらっていた 家事援助の ヘルパーさんたちも
木曜日が最終で終わった。
玄関のノートには、最後の挨拶か書かれていた。
おばあが優しく接してくれて ありがたかったと たくさん書いてあった。
入れ替わりで、5名ほどのヘルパーさんが関わってくれていた。
一杯助けられたな~。
たくさんの人に 助けられて ここまで 来れていたのだと、
改めて、感じる。