以前に比べて かなり食欲がなくなったおばあ。
でも、食べたいし、食べたら 「おいしい!」と言う。
ただ、数口で 「もうえーわー」となる。
以前なら、目の前の食べ物は 全部食べてしまうありさま。
食べ過ぎるから、大きな あんパンを 半分にしようと言うと
「この度ケチ!!」と言われる。
用意しているご飯の前に あんパンを食べて、ご飯も食べる。
歯が一本もないのに、おいしそうに もぐもぐと、
から揚げも食べてしまう。
大好きな 筍も てんこ盛りに 買って食べる、食べる。
朝は、炊飯器で炊いたご飯に しらすをのせて、醬油をかけて
「朝が一番食欲あるんや! 」とおいしそうに。
その後に、牛乳に 青汁を入れて、ヨーグルト、バナナ。
早朝にお腹一杯になって、速攻で 熟睡していた。
今思えば、幸せそうな光景が目に浮かぶ。
手の指先がしびれたり、上手く 動かせなくなって、お箸が使えなくなって
フォークでもさしにくく、スプーンで口に入れようとしたら、床にこぼしてしまう。
さすがに、やわらかいものしか 受け付けなくなっている。
歯茎でも 噛んで 食べる楽しみが 無くなっている。
でも、食べられるお菓子や、お饅頭、バナナは 美味しいと言って食べるんだけど
数口で 受け付けなくなるらしい。
しんどくなって、慌ててベットへ行き、横になる。
立つ時に右ばかり力が入るので、身体が 右側に変形している。
顔も、足も手もむくんでいるし。
見たくない、母親の姿がそこにある。
数メートル先の トイレに行って ベットに戻るだけでも
しんどいと言う。
今まで、なにくそ 根性で しんどい?と聞いても
「こんなもん、しんどいうちに はいるかいな(はいらん)」と
言い続けてくれていた、おばあ。
これだけ、しんどい状況になって、長年 住んできた 大好きな自宅を
離れなくてはいけなくて。
心配だと言い続けて 気にかけてくれていた 私とも 本当の意味で
離れてしまう。
私は、複雑すぎる。
いろんな事が、最後になっていく。
ここで過ごした長年の思い出が・・・・。
私は、この家で生まれて育った。
結婚して出ていったが、10年ほど前に 戻ってきた。
そして、もっさんも受け入れてくれて、3人の生活を過ごし
おばあには もっさんの事で いろいろ助けられた。
もっさんは グループホームに入る事になり、
仕事をしながら おばあの介護に専念もできた。
そんな中
昨年、もっさんの大パニックが続き、 91歳のおばあに一人暮らしをさせて
私は 実家を再び 出ることになった。
それから 1年以上 おばあは いろんな 福祉サービスを 受け入れて
頑張って 生きてきた。
何度か 泣き言も聞いた。
色んな手術もうけた。 全身麻酔から目が覚めて 苦しんで
こんなんまでして 生きていたくないわ。とか。
自宅で、動きが悪くなってきた時に
「苦しんでる 親見て 笑っとるんやろ! ざまぁ見ろと思っとるんやろ!」と
言われたこともあったな。
たいがい 頑張り屋さんで どんな時も 精神が安定していたおばあ。
いつも笑ってくれている。
よっぽどだったんだろうと思うし、いまは、それすらも ないとこを見ると
生きていること自体、申し訳ないと思っているのかもしれない。
私や姉に、たくさんの 「ありがとう」をくれる。
そんな、おばあを あした、施設へ送り出す。
もう、出来ない事が いっぱいあり過ぎて。
おばあの存在が 薄れていくんだろうか。
もっさんの大変さを一番わかってくれる 一番の理解者が
私の前から居なくなる・・・。
そして、近い将来、本当に居なくなる。
私・・・ 一人ぼっちに なっちゃうのかな。
あーーーーーー。情けない。
こうして、親を施設におくる人は 山ほど居てて
私は そんなよくいる 娘の一人。
いろんな事情で みんな 施設に入っている。
直ぐに あの世に行くわけではない・・・。
いがいに 落ち着いた生活が待ってるのかもしれない。
なのに、死を待っている場所へ 送り出してしまうような・・。
そんな気持ちになってしまっている。私。
たぶん、いま、準備等や 家で過ごす時間が最後だからと思って
私自身が おばあとの 距離を縮め過ぎているのだと思う。
あと、親の姿と 自分の将来も 重ねてしまっている部分もあるのかもしれない。
おばあは
おば捨て山に 置き去りに してくるわけではない。
おばあの 新境地に もう少し 前向きに なるべきか・・・。(悩)